生チョコレートの正体は? |
八月、山崎まどか先生の『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)を買って、その日のうちにいっきに読んでしまいました。
大人気テレビドラマシリーズ「Sex and the City」の何がそんなに面白いのか? いままで誰が言っていることにも納得したことがありませんでしたが、この本で初めてそれをピタリと言い当てている文章を読んだ気がします。本当にすっきりしました。
しかも最初は川本三郎の映画の本のように連想ゲームのごとくニューヨークを舞台にした女性映画の歴史や薀蓄を楽しむ本なのかな? と読み進んでいたら、「Sex and the City」の核心に触れる第四章で、思わず涙してしまいました。行ったこともない他人様の国の町の話で涙が出るなんて、その理由は単純です。東日本大震災を経験したために、よく知っている風景が破壊されてしまったニューヨーク市民にシンパシーを感じられるようになってしまったせいと、9.11以降のニューヨークのように、日本でも過去に味わったことのない不況の風を感じているせいだと思われます。もちろんテロと天災がまったく違うのはわかっているのですが…。
せっかく楽しく読書したので、『女子とニューヨーク』の第一章で紹介されていたニューヨークを舞台にした映画、ペイトン・リード監督、レネー・ゼルウィガーとユアン・マクレガーが主演の『恋は邪魔者』を見ました。
映画の舞台は一九六二年のニューヨーク。恋は女の人生にとって邪魔でしかないことを説く啓発本『恋は邪魔者(Down with Love)』の著者、バーバラ・ノヴァク(レネー・ゼルウィガー)がミルウォーキーからニューヨークの出版社にやってきます。編集者のヴィッキー(サラ・ポールソン)は彼女を売り出すために、プレイボーイで有名な人気ジャーナリストのキャッチャー・ブロック(ユアン・マクレガー)にノヴァクの記事を書かせることを計画しますが、キャッチャーはデートに忙しく取材の約束を反故にします。ところがその直後、『恋は邪魔者』は大ベストセラーに。スターとなったノヴァクがキャッチャーの悪口をテレビで言い触らすという反撃が始まりました。キャッチャーは宇宙飛行士のふりをして面識のないノヴァクに近付いて誘惑し、彼女の自説を覆させようと画策するのですが…というコメディです。
この映画は、モダンなファッションやインテリア、シャーベットのようなカラフルな色使いで一九六〇年代風に映像を彩りつつ、ハッピーエンドに二十一世紀的な解釈を大胆に取り入れているところが面白いです。明るく楽しいセックス・コメディと思いきや、ハリウッドの女性映画の文脈に置いて見てみると、実はとても批評性の高い知的な作品なのでした。トッド・ヘインズ監督『エデンより彼方に』や、最近だとテイト・テイラー監督『ヘルプ』など、いかにも映画好きな頭のいい監督が撮った女性映画批評のようなアメリカ映画にちょっと疲れた気分もあるのですが、山崎まどか先生の『女子とニューヨーク』を読んで『恋は邪魔者』がどんな過去作にオマージュを捧げつつ二〇〇三年に撮られたのかを知る楽しみはまた別です。ぜひ読んでみてください!
恋の代わりにバーバラ・ノヴァクが女性に勧めるのが「チョコレート」です。
「恋をしそうになったらチョコレートを食べて我慢しろ!」と。
そのため映画にはコンポート皿に積み上げられたキューブ型チョコレート、大きなココットで焼かれるチョコレートスフレ、「Down with Love(恋は邪魔者)」とパッケージに印刷されたオリジナル板チョコなどチョコレートがいっぱい出てきて楽しいです。
なんで恋の代わりがチョコレートなんでしょうか?
トラベルライターのタラス・グレスゴーさんの著書『悪魔のピクニック 世界中の禁断の果実を食べ歩く』(早川書房)によると、大量生産品でない高級なチョコレートには気分を高揚させ集中力を増進させるメチルキサンチン、テオブロミン、カフェイン、トリプトファンといった一二〇〇種類の科学物質が含まれているとのこと。一八二五年に書かれたブリア=サヴァラン著『美味礼賛』にもチョコレートは「精神を緊張させる仕事、聖職者や弁護士の仕事に従事する者には最も適したものであり、特に旅行者にはよろしい」とあります。覚醒する食べ物=恋にうっとりしない、というイメージにつながるのでしょうか。
しかし、なぜだかチョコレートはセクシャルな話とセットになることも多いように感じます。一七七八年にサド侯爵が投獄された原因は「チョコレート・トローチに催淫剤スパニッシュフライを混ぜて乱交パーティに使おうとした罪」だったし、ブリア=サヴァランも『美味礼賛』の中で「悲しい人々のためのチョコレート」と名づけて竜涎香入りチョコレートを披露していますが、竜涎香もやっぱり異性を誘惑する効果のある香りとして知られています。そしてチョコレートが印象的に登場する映画と言うと、実は、ある映画監督の作品群を思い出すのですが、その監督は作品についても私生活についても、そのセクシュアリティがとても興味深い人物…。その話は長くなるので、また別の機会に!
チョコレートのことを考えていたら、当然チョコレートが食べたくなったので、『恋は邪魔者』にも出てきたキューブ型のチョコレートを作ってみました。
バーバラ・ノヴァクがつまんでいたチョコレートがどんなものなのかよくわからないのですが、日本でキューブ型チョコレートと言えば、やっぱり「生チョコ」です。そして、ずっと気になっているのが「生チョコ」ってなんなの!? その正体がもうひとつよくわからないということです。例えば「パヴェ・オ・ショコラ(チョコレートの石畳)」という名前で、生チョコっぽい菓子が売られていたりレシピが紹介されていたりして、フランスにもともとそういう菓子があって、それが日本に伝わってわかりやすく「生チョコ」になったのかな? と思って調べてみたら、ラルース料理事典に載っていた「パヴェ・オ・ショコラ」は生チョコとはまったく別物。スポンジにチョコレートのバタークリームをはさんで積み重ねて、チョコレートのフォンダンを周りに塗るという菓子でした。
生チョコってなに?
と、わかってなかったのは私だけかもしれませんが、ボンボン・ショコラやチョコレート・トリュフやの中に入れる「ガナッシュ」が正体のようです。トリュフのように丸めたり、ボンボンのように衣をかける手間をはぶいて、四角く切ってココアパウダーをまぶしたのが生チョコ。“美味しい手抜きレシピ” ガナッシュのいいところは、口解けが滑らか、かつ、酒やスパイスを入れて、風味をいろいろ楽しめるところです。そして生チョコのレシピは他のチョコレート菓子に比べるとあっけないくらい簡単なので、自作してわがままに楽しまなきゃ損! という気がしてきます。私は酒が好きなので、ラム酒で以下のように作ってみました。ちなみにちょうど家にタカナシの生クリームが1パック余っていたので下記の分量で作りましたが、かなり大量で、食べるのが辛かったです。
★生チョコ
【材料】
・ダークチョコレート 300g
・生クリーム(乳脂肪分35%) 200cc
・水飴 大さじ1
・ラム酒 大さじ2
【作り方】
・チョコレートを細かく刻む
・鍋に生クリームと水飴を入れて沸騰させて1分間煮立たせる
・火を止めて鍋を1分間放置する
・刻んだチョコレートを鍋に入れてスパチュラでかき混ぜて溶かす
・四角い型に流し入れて冷蔵庫で1時間以上冷やして固める
・素材が固まったら型から外し、温めた庖丁で好みの大きさに切って、ココアパウダーをまぶす
しかし「Sex and the City」も結局、ニューヨークという町、アメリカという国についての話か。アメリカ人ってそういうの好きね、と思った後に、ロベール・ブレッソンの『白夜』をユーロスペースで見たら、「Sex and the City」ってニューヨーク版『白夜』という趣もちょっとあるんじゃないかなあ、とふと思いました。