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2012年12月4日火曜日

恋は邪魔者(2003年)

生チョコレートの正体は?


 八月、山崎まどか先生の『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)を買って、その日のうちにいっきに読んでしまいました。

 大人気テレビドラマシリーズ「Sex and the City」の何がそんなに面白いのか? いままで誰が言っていることにも納得したことがありませんでしたが、この本で初めてそれをピタリと言い当てている文章を読んだ気がします。本当にすっきりしました。


 


 しかも最初は川本三郎の映画の本のように連想ゲームのごとくニューヨークを舞台にした女性映画の歴史や薀蓄を楽しむ本なのかな? と読み進んでいたら、「Sex and the City」の核心に触れる第四章で、思わず涙してしまいました。行ったこともない他人様の国の町の話で涙が出るなんて、その理由は単純です。東日本大震災を経験したために、よく知っている風景が破壊されてしまったニューヨーク市民にシンパシーを感じられるようになってしまったせいと、9.11以降のニューヨークのように、日本でも過去に味わったことのない不況の風を感じているせいだと思われます。もちろんテロと天災がまったく違うのはわかっているのですが…。

 せっかく楽しく読書したので、『女子とニューヨーク』の第一章で紹介されていたニューヨークを舞台にした映画、ペイトン・リード監督、レネー・ゼルウィガーとユアン・マクレガーが主演の『恋は邪魔者』を見ました。


 


 映画の舞台は一九六二年のニューヨーク。恋は女の人生にとって邪魔でしかないことを説く啓発本『恋は邪魔者(Down with Love)』の著者、バーバラ・ノヴァク(レネー・ゼルウィガー)がミルウォーキーからニューヨークの出版社にやってきます。編集者のヴィッキー(サラ・ポールソン)は彼女を売り出すために、プレイボーイで有名な人気ジャーナリストのキャッチャー・ブロック(ユアン・マクレガー)にノヴァクの記事を書かせることを計画しますが、キャッチャーはデートに忙しく取材の約束を反故にします。ところがその直後、『恋は邪魔者』は大ベストセラーに。スターとなったノヴァクがキャッチャーの悪口をテレビで言い触らすという反撃が始まりました。キャッチャーは宇宙飛行士のふりをして面識のないノヴァクに近付いて誘惑し、彼女の自説を覆させようと画策するのですが…というコメディです。





 この映画は、モダンなファッションやインテリア、シャーベットのようなカラフルな色使いで一九六〇年代風に映像を彩りつつ、ハッピーエンドに二十一世紀的な解釈を大胆に取り入れているところが面白いです。明るく楽しいセックス・コメディと思いきや、ハリウッドの女性映画の文脈に置いて見てみると、実はとても批評性の高い知的な作品なのでした。トッド・ヘインズ監督『エデンより彼方に』や、最近だとテイト・テイラー監督『ヘルプ』など、いかにも映画好きな頭のいい監督が撮った女性映画批評のようなアメリカ映画にちょっと疲れた気分もあるのですが、山崎まどか先生の『女子とニューヨーク』を読んで『恋は邪魔者』がどんな過去作にオマージュを捧げつつ二〇〇三年に撮られたのかを知る楽しみはまた別です。ぜひ読んでみてください!


 


 恋の代わりにバーバラ・ノヴァクが女性に勧めるのが「チョコレート」です。
 「恋をしそうになったらチョコレートを食べて我慢しろ!」と。

 そのため映画にはコンポート皿に積み上げられたキューブ型チョコレート、大きなココットで焼かれるチョコレートスフレ、「Down with Love(恋は邪魔者)」とパッケージに印刷されたオリジナル板チョコなどチョコレートがいっぱい出てきて楽しいです。

 なんで恋の代わりがチョコレートなんでしょうか?
 トラベルライターのタラス・グレスゴーさんの著書『悪魔のピクニック 世界中の禁断の果実を食べ歩く』(早川書房)によると、大量生産品でない高級なチョコレートには気分を高揚させ集中力を増進させるメチルキサンチン、テオブロミン、カフェイン、トリプトファンといった一二〇〇種類の科学物質が含まれているとのこと。一八二五年に書かれたブリア=サヴァラン著『美味礼賛』にもチョコレートは「精神を緊張させる仕事、聖職者や弁護士の仕事に従事する者には最も適したものであり、特に旅行者にはよろしい」とあります。覚醒する食べ物=恋にうっとりしない、というイメージにつながるのでしょうか。





 しかし、なぜだかチョコレートはセクシャルな話とセットになることも多いように感じます。一七七八年にサド侯爵が投獄された原因は「チョコレート・トローチに催淫剤スパニッシュフライを混ぜて乱交パーティに使おうとした罪」だったし、ブリア=サヴァランも『美味礼賛』の中で「悲しい人々のためのチョコレート」と名づけて竜涎香入りチョコレートを披露していますが、竜涎香もやっぱり異性を誘惑する効果のある香りとして知られています。そしてチョコレートが印象的に登場する映画と言うと、実は、ある映画監督の作品群を思い出すのですが、その監督は作品についても私生活についても、そのセクシュアリティがとても興味深い人物…。その話は長くなるので、また別の機会に! 


 


 チョコレートのことを考えていたら、当然チョコレートが食べたくなったので、『恋は邪魔者』にも出てきたキューブ型のチョコレートを作ってみました。

 バーバラ・ノヴァクがつまんでいたチョコレートがどんなものなのかよくわからないのですが、日本でキューブ型チョコレートと言えば、やっぱり「生チョコ」です。そして、ずっと気になっているのが「生チョコ」ってなんなの!? その正体がもうひとつよくわからないということです。例えば「パヴェ・オ・ショコラ(チョコレートの石畳)」という名前で、生チョコっぽい菓子が売られていたりレシピが紹介されていたりして、フランスにもともとそういう菓子があって、それが日本に伝わってわかりやすく「生チョコ」になったのかな? と思って調べてみたら、ラルース料理事典に載っていた「パヴェ・オ・ショコラ」は生チョコとはまったく別物。スポンジにチョコレートのバタークリームをはさんで積み重ねて、チョコレートのフォンダンを周りに塗るという菓子でした。





 生チョコってなに?

 と、わかってなかったのは私だけかもしれませんが、ボンボン・ショコラやチョコレート・トリュフやの中に入れる「ガナッシュ」が正体のようです。トリュフのように丸めたり、ボンボンのように衣をかける手間をはぶいて、四角く切ってココアパウダーをまぶしたのが生チョコ。“美味しい手抜きレシピ” ガナッシュのいいところは、口解けが滑らか、かつ、酒やスパイスを入れて、風味をいろいろ楽しめるところです。そして生チョコのレシピは他のチョコレート菓子に比べるとあっけないくらい簡単なので、自作してわがままに楽しまなきゃ損! という気がしてきます。私は酒が好きなので、ラム酒で以下のように作ってみました。ちなみにちょうど家にタカナシの生クリームが1パック余っていたので下記の分量で作りましたが、かなり大量で、食べるのが辛かったです。

★生チョコ

【材料】
・ダークチョコレート 300g
・生クリーム(乳脂肪分35%) 200cc
・水飴 大さじ1
・ラム酒 大さじ2

【作り方】
・チョコレートを細かく刻む
・鍋に生クリームと水飴を入れて沸騰させて1分間煮立たせる
・火を止めて鍋を1分間放置する
・刻んだチョコレートを鍋に入れてスパチュラでかき混ぜて溶かす
・四角い型に流し入れて冷蔵庫で1時間以上冷やして固める
・素材が固まったら型から外し、温めた庖丁で好みの大きさに切って、ココアパウダーをまぶす


 しかし「Sex and the City」も結局、ニューヨークという町、アメリカという国についての話か。アメリカ人ってそういうの好きね、と思った後に、ロベール・ブレッソンの『白夜』をユーロスペースで見たら、「Sex and the City」ってニューヨーク版『白夜』という趣もちょっとあるんじゃないかなあ、とふと思いました。


 


 


 


 


 

2012年7月2日月曜日

ジェイン・オースティンの読書会(2007年)

わが家のブラウニーにはマリファナは入ってません。


 ノラ・エフロンが亡くなってしまいました。
 大人の女性になって『アニー・ホール』を改めて見たとき、あのマニッシュで素敵なファッションと裏腹に、アニーがあまりに空っぽなことにショックを受け、つくづく思ったのはノラ・エフロンって偉いなってことでした。『アニー・ホール』の約十年後、ウディ・アレンに物申すように「It had to be you」が流れるロマンティックコメディの脚本を書いて、アニーの百倍ナマイキなサリーを大の人気者にしたノラ・エフロンは、本当に賢くて面白くて立派! 『シルクウッド』『ジュリー&ジュリア』以外は、男性映画ファンがバカにするラブコメと女性映画ファンが煙たがるドタバタコメディばっかり作ったので、ノラ・エフロンは軽く見られがちのような気がしてならないけど、知的で辛辣で軽やかで洒落ていて尊敬していました。


 


 近頃は「ノーラ・エフロン」で統一されているみたいだけど、昔の小林信彦のエッセイなどでは「ノラ・エフロン女史」なんてよく書かれていたし、『ハートバーン』や『ママのミンクは、もういらない』などの著書では「ノラ・エフロン」と書かれているし、ずっと「ノラ・エフロン」って言ってたから、もう、そう書いちゃう。過去の日記で、『ジュリー&ジュリア』のブフ・ア・ラ・ブルギニヨンを、『奥さまは魔女』のココナッツ・シュリンプを、『ミックスナッツ』のフルーツケーキを作ったように、彼女の脚本・監督・プロデュース作品はたぶんすべて見てるんじゃないかな。著書も手に入るものはひととおり読んでいるはず。


 


 そして、ちょうどこの『ジェイン・オースティンの読書会』を見ながら、ノラ・エフロンの次の監督・脚本作はイギリスのTVドラマ「ジェイン・オースティンに恋して」の映画化なんだよね、と楽しみにしていたので本当に悲しいです。現代女性が『高慢と偏見』の世界に迷い込むファンタジーコメディ(?)をノラ・エフロンがどんな風に撮るのか、見たかったな。ジェイン・オースティンの長編処女作にして死後に出版された『ノーサンガー・アビー』の中には下記のような文章があり、なんだかノラ・エフロン作品みたいで笑ってしまいました。約二百年前の女性が書いたとは思えません。




ふたりはポンプ・ルームを歩きながら楽しいおしゃべりをしたが、もちろん話題は、若い女性をあっという間に仲良しにしてしまう話題、すなわちドレス、舞踏会、恋のたわむれ、そして奇人変人の噂などだった。
(中野康司訳『ノーサンガー・アビー』より)





 そしてノラ・エフロンも、『ユー・ガット・メール』でエルンスト・ルビッチ監督『桃色の店/街角』をリメイクしたときに、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』も下敷きにしていたので、ジェイン・オースティンのファンだったはずです。ジェイン・オースティンとノラ・エフロンのカップリング、そしてもちろん他にももっといろいろ。見てみたかったな。


 


 もちろん私はジェイン・オースティンファンなので、カレン・ジョイ・ファウラー著『ジェイン・オースティンの読書会』が発売されたときはすぐ買いましたが、未読のままになっていました。それが五月末の韓国旅行の前になにげなく読み始めたら止まらなくなって、飛行機の中でもこの本を読んでいました。「十九世紀のイギリスの女性が書いた本を読む現代のアメリカの女たちの話を韓国で読む日本の女」が私。脚本を書いて映画化したロビン・スウィコードという監督は、脚本家のニコラス・カザンの奥さんで、名前からわかる通り、ニコラス・カザンはエリア・カザンの息子。二人の娘が『レボリューショナリー・ロード』でオッパイを出していたゾーイ・カザンということになります。


 


 『ジェイン・オースティンの読書会』は、年齢も職業も性格も異なる六人がジェイン・オースティンの読書会を行う、という映画です。人生経験豊富なバーナデット(キャシー・ベイカー)が『高慢と偏見』、独身のドッグブリーダーのジョスリン(マリア・ベロ)が『エマ』、フランス語教師のプルーディー(エミリー・ブラント)が『説得』、夫と離婚したばかりのシルヴィア(エイミー・ブレネマン)が『マンスフィールド・パーク』、シルヴィアの娘でレズビアンのアレグラ(マギー・グレイス)が『分別と多感』、そして唯一の男性でSFおたくのグレッグ(ヒュー・ダンシー)が『ノーサンガー・アビー』と、それぞれのホストとなり、読書会のための場所と軽食を提供します。読書会が進むうちにそれぞれに訪れる人生の特別な局面が、どことなく微妙にジェイン・オースティン作品と重なるように描かれるのが見所です。


 


 ずるい…! 原作では「まつ毛が長い」くらいのアピールだったSFおたくのグレッグを、ヒュー・ダンシーが演じるなんてずるい! 『25年目のキス』日記で罵った『お買い物中毒な私!』では、就職した会社の若くてヤリ手のハンサムな上司がヒュー・ダンシーで、自分を高く評価してくれる上に恋仲になって、しかも実は彼はイギリスの大金持ちだった…、なんて話がうますぎた! それが今度はジェイン・オースティンの読書会にヒュー・ダンシーが来るなんて。ライオンの群れにお肉を放り込むようです。お肉はどうなるか? その展開にジェイン・オースティン要素(特に『エマ』)が絡ませてあるところが楽しいです。そのほかの五人の恋愛模様も同様にジェイン・オースティン要素を巧妙に絡ませて描かれるのだけど、映画はさすがに六人のエピソードを丁寧に描くには時間が足りないのが残念! 


 


 原作はホスト役が読書会でふるまう食べ物も細かく書かれています。サン・ティーやピーチマルガリータなどのドリンクから、ワインが出てくる場合はプティ・シラーやグラフィナ・マルベック、ボニー・ドゥーン・ヴィンヤードの白ワインなど、ホストがどんなものを選んだのかもちゃんと教えてくれます。軽食もクレム・ド・ミント入りのスクエアクッキー、干しクランベリーとクルミの砂糖がけをあしらったグリーンサラダ、ホムスやアーティーチョークを使ったものなど数種類のディップ、ルートビア・フロスト、ペッパークラッカー、自家製ストロベリーシャーベット、シュガークッキーなど、ちょっと気になるものばかり。それぞれに人柄が表れている「おもてなし」の中身がチマチマ描かれているのもこの小説の楽しいところなのだけど、映画は時間が限られているから食べ物に原作ほどの存在感はありません。ふと、食べ物を使って人間を描くことが上手だったノラ・エフロンならどうしたかな? と想像してしまったのは正直なところです。


  


 


 プルーディーの母親(リン・レッドグレイブ)がテレビを見ながら食べているのがブラウニーなのですが、原作には出てきません。真面目な高校教師のプルーディーとは正反対で、母親は元ヒッピーのだらしない女。プルーディーが家に帰ると、部屋はメチャクチャ、台所は汚れっぱなし、床の上に直にブラウニーの型が置かれてカーペットが焦げているのに、母親は平然とテレビを見て笑っています。母親の意識がちょっとふわっとしている様子から察するに、ブラウニーにはマリファナが入っている? 





 『ノッティングヒルの恋人』『人喰いアメーバの恐怖2』『25年目のキス』日記でしつこくブラウニーを作ってきましたが、アメリカの映画やドラマにおける「ブラウニーといえばマリファナ」という表現の多さには本当にびっくりします。ジェイン・オースティンと深い関わりがあるわけでもない菓子ですが、せっかくブラウニーが出てきたので『25年目のキス』日記で失敗したレシピの分量を半分に減らしてリベンジしてみました。もちろんわが家のブラウニーにはマリファナは入ってません!


ポール・A・ヤングさんのブラウニーのリベンジレシピ

【材料】
・無塩バター 50g
・ゴールデンカスターシュガー 125g
・ゴールデンシロップ 37.5g 

・70%ダークチョコレート 137.5g 
・放し飼いの鶏の中くらいの卵 2個 
・中力粉 35g 
・ココナッツフレーク 25g 
・ドライチェリー 50g

 【作り方】 

・オーブンを170℃に余熱する 
・大きなソースパンで、バター、砂糖、シロップが滑らかになるまで溶かす 
・火を止めてチョコレートを加え、よく混ぜる 
・卵を溶いてチョコレートの混合物と混ぜ合わせる 
・小麦粉、ココナッツを加え、十分に混ぜる 
・クッキングペーパーを敷いた15cm×20cm×2.5cmのトレイに注ぎ、平らにならす 
・チェリーをブラウニーの表面に散らし、30分間焼く 
・オーブンから出して冷まし、一晩冷蔵庫で冷やす ・型から出して、ペーパーを取り除き、濡れたナイフを使ってブラウニーの端を切り落とし、好きなサイズの四角形に切る 
・食べるときは室温もしくは温める ・密閉容器に入れて冷蔵庫の中で4日間保存できる 

参考:ポール・A・ヤング著『adventures with chocolate』






 『25年目のキス』日記のレシピの分量を半分に減らし、焼く温度を170℃に上げてリベンジ。ゆるゆるな感じはなくなったけど、やはり濃厚なチョコレートの塊を食べている感じ。これはこれで羊羹みたいでコーヒーや紅茶のお供にいいかも。自分の好みとしては一晩おいただけだとちょっとまだなじんでない、卵の生臭さみたいなもの?が気になったので、二晩くらい冷蔵庫においてちょっと締まった感じになったくらいが好きでした。しかしもうちょっとチョコレートの塊とケーキみたいなパフパフの中間ぐらいな感じにならないかな。ブラウニー研究はまだまだ続きます。


 


 


 


  


 


 

2012年5月4日金曜日

25年目のキス(1999年)

“ロンドンで一番”と言われたレシピで作成。しかし…。


 昨年からある女の子のblogをずっと読んでいて、今の就職活動のあまりの厳しさに涙しつつ、陰ながら応援していました。しかし無事に、今春から働いてらっしゃるみたい。自分も就職先が決まるのが遅かったので、他人事とは思えませんでした。本当におめでとうございます。感性豊かで真摯な女の子に、働く機会がちゃんと与えられる世の中であってほしいなあ。慣れるまでは大変だと思うけど、長くやっていれば必ずやりたいことや自分らしいことが少しずつできるようになるので頑張って! と、人を励ましている場合ではなく自分も頑張らねば。そんな新入社員がいっぱい誕生した春、ということでOLが主人公の映画、ドリュー・バリモア主演・製作総指揮、ラージャ・ゴスネル監督『25年目のキス』を見ました。今は「OL」じゃなくて「サラ女」と言うって本当?


 


 シカゴ・サン・タイムズ社で働くジョジー(ドリュー・バリモア)は文才はあるのに、真面目が過ぎて記事を書かせてもらえない二十五才のOLです。ある日突然、ワンマン社長(ゲイリー・マーシャル)の思いつきで、学生に扮して高校潜入ルポを書くことを命じられます。この企画が失敗すると自分のクビも危ない上司のガス(ジョン・C・ライリー)はジョジーに学園の王子様のガイ(ジェレミー・ジョーダン)や、美人のカースティン(ジェシカ・アルバ)と仲良くなるよう指示を出すのですが、ジョジーはついついさえない優等生のアルディス(リーリー・ソビエスキー)やコールソン先生(マイケル・ヴァルタン)と意気投合。人気者たちには相手にされません。そんな姉の苦労を見かね、弟のロブ(デヴィッド・アークエット)までもが学園に潜入してジョジーを人気者にすることに成功するのですが……というコメディ映画です。


 


 OL生活が長いのでOL映画を見るのは大好き。でもOL映画を撮るなら「ショートカットしない」ことを守ってほしい! 「美人」「肉体関係」などの理由で、面接とか試験とか業績とか然るべき段階をすっ飛ばして出世・転職・異動・昇格すると、OL仲間には確実に嫌われます。私が所属していた会社でも、そのようなケースがあったのですが、男性と同様に面接や試験を戦い抜いた女子社員たちから猛反対の嵐が巻き起こり、見送りとなりました。私はそのとき忙しかったので、すべてが終った後に顛末を教えてもらったのだけど、知っていたら一緒に反発しただろうなあ。ショートカットはする人もさせる人も「Kick your ass!」です。だからOL映画が、一番のお客様であるOL様の共感を得たいなら、「ショートカットしない」は鉄則。とことんショートカットでのしあがるOL映画は、『ショーガール』ぐらいえげつなくやってくれるならもちろん見たい!





 ほとんどのOL映画は「身の丈に合ってない状況に放り込まれる」発端に始まって、「つじつまが合うよう努力することで人間としても女としてもひと皮むける」という結末を迎えます。例えば、人気の映画『プラダを着た悪魔』では服の趣味が悪くてファッションをバカにしているアンドレアが「人気ファッション誌の編集長のアシスタントに採用される」という身の丈に合っていない状況に放り込まれます。そして、実はそこには「ファッションおたくな女の子はバカばっかりで使えなかったけど名門大学を卒業して大学新聞の編集長もやってたあんたなら使えるかと思って採用した」という理由があるので、OLも納得の大抜擢です。


 


 しかし同じアライン・ブロンシュ・マッケンナが脚本を書いた『恋とニュースのつくり方』では、なぜローカル局をクビになったベッキー(レイチェル・マクアダムス)が、視聴率最低番組とはいえネットワーク局のディレクターに大抜擢されたのかがわかりにくいので、どうも映画に乗り切れませんでした。つぶすことが密かに前提になっている不人気番組のディレクターだから、という理由だとはわかるのですが、ハッキリ描かれないまま話が進むので、尻がムズムズします。





 『お買い物中毒な私!』も、ファッション雑誌の編集部に採用されたくて送った文章が経済雑誌で採用されるなんて、「女の感性を生かす」という戯言=「ショートカット」としか思えませんでした。でも英語がわかる人は彼女の文才に納得できるのかもしれませんね。





 『ブリジット・ジョーンズの日記』という人気作もOLが主人公でしたが、あれは『高慢と偏見』を下敷きにしているので、OL映画というより恋愛の映画だと思っています。『ワーキング・ガール』はメラニー・グリフィスが素晴らしく可愛いのですが、ショートカットの嵐で、もう今のOLには受け入れられないはずです。そのようにOL映画はいっぱいあるけど、OLの共感をガッチリ得られて、時代を超えて長持ちする作品は実はとっても少ないのではないでしょうか。


  


 この『25年目のキス』では主人公が「二十五歳なのに高校生のふりをして潜入ルポを書く」という身の丈に合わない状況に放り込まれます。しかも主人公は、大人なのに今でもモテなかった高校時代の心の傷を引きずり、心は女子高生のまま時が止まっているのに女子高生のふりをしなくてはならない、という複雑な存在です。そんな矛盾に彼女を放り込むのは「すべて思いつきで好き勝手に決裁するワンマン社長」でした。そういう社長は現実世界にもいるので(私も会ったことある)、この大抜擢はおおいに納得できます。そしてジョジーを演じるドリュー・バリモアが、うら若き乙女とは思えないくらい(当時、二十四歳)、ましてや女優とは思えないくらい、大胆にモテない女の子に化けているので、映画の世界にすんなり入っていけました。


 


 この映画は、ムチャな嘘をつき通す楽しいコメディであるだけではありません。ジョジーは大人として学園に乗り込んで、上から目線で子どもを啓蒙するのではなく、子どもの世界を余所者の公平な目で見ることで、未熟な若者を励まし、自分自身も子どもっぽい価値観から二十五歳にしてやっと卒業する、という爽やかな映画でした。ドリュー・バリモアの実は古風な美貌と、優しい人たちを騙そうとして騙しきれないジョジーのキャラクターは、往年のハリウッド映画のヒロインたち、ビリー・ワイルダー監督『少佐と少女』のジンジャー・ロジャースや、フランク・キャプラ監督『オペラ・ハット』のジーン・アーサーや、プレストン・スタージェス監督『レディ・イヴ』のバーバラ・スタンウィックのような風格さえ感じられました。


 


 エンドクレジットの甘酸っぱい演出も(必見!)、この映画を締めくくるにふさわしい素晴らしさです。つくづく、日本にはプロムがなくて本当によかったと思います。ジョジーの気持ちがわかる女子は日本にもいっぱいいるのでは。高校時代、男子とほとんど口をきかなかった私も、そのひとりです。


 


 ジョジーの高校生活は学食とファストフードで彩られます。特に、ロブが学園で人気者になるために実行した、学食の食べ物を使ったある「秘策」には笑いました。あのシーン、大好き! パイやシェイク、デコレーションケーキ、アイスクリームなどチープな甘いものがいっぱい出てくる中、ジョジーとコールソン先生の距離を近づける大事な食べ物がブラウニーでした。学園のアイドルと仲良くなるために人気のクラブに行ったジョジーは、マリファナ入りのブラウニーを食べてしまい、ステージ上で痴態をさらします(このドリュー・バリモアも可愛い)。そんなジョジーを見ても、彼女にますます好感を持つコールソン先生! 怒られたり泥酔したり失敗したり、時には公衆の面前でブザマな姿をさらさなければならないOLにとって、度量の大きいコールソン先生は最高にいい男! 





 ジョジーが食べたブラウニーはねっとりしたチョコレートクリームが塗られていてデビルズフードケーキみたいだったけど、せっかくの機会なので、前々から気になっていたロンドンのチョコレートショップのポール.A.ヤングさんのレシピでブラウニーを作ってみました。日本国内で翻訳本が発売されていないので、以下に概要を掲載します。


●ポール・A・ヤングさんのブラウニー

【材料】
・無塩バター 100g
・ゴールデンカスターシュガー 250g
・ゴールデンシロップ 75g
・70%ダークチョコレート 275g
・放し飼いの鶏の中くらいの卵 4個
・中力粉 70g
・ココナッツフレーク 50g
・ドライチェリー 100g


【作り方】
・オーブンを160℃に余熱する
・大きなソースパンで、バター、砂糖、シロップが滑らかになるまで溶かす
・火を止めてチョコレートを加え、よく混ぜる
・卵を溶いてチョコレートの混合物と混ぜ合わせる
・小麦粉、ココナッツを加え、十分に混ぜる
・クッキングペーパーを敷いた15cm×20cm×2.5cmのトレイに注ぎ、平らにならす
・チェリーをブラウニーの表面に散らし、20分間焼く
・オーブンから出して冷まし、一晩冷蔵庫で冷やす
・型から出して、ペーパーを取り除き、濡れたナイフを使ってブラウニーの端を切り落とし、好きなサイズの四角形に切る
・食べるときは室温もしくは温める
・密閉容器に入れて冷蔵庫の中で4日間保存できる


ポール・A・ヤング著『adventures with chocolate』より






 料理研究家のデヴィッド・ルボヴィッツさんが、ポール・A・ヤングさんのブラウニーを「ロンドンで一番美味しい」と言っていたので気になっていたら、レシピ集が出版されていたので、その中の「黒サクランボとココナッツのブラウニー」を作りました(ドライクランベリーで代用)。しかし焼く温度が低いところに不安が…。これはねっとりタイプのガトーショコラのレシピに似ている? 過去、ねっとりタイプのガトーショコラを何度か作ったことがあるのですが、実は一度もうまく焼けたことがありません。不安を感じつつ、とりあえずレシピ通り一六〇度で二〇分焼いて取り出したら、生地がタプタプと型の中で波打って、どう考えても生焼け。それで再度、一七〇度に予熱したオーブンで一〇分焼いたら、表面が一センチくらい膨らんで裂け目ができていました。





 やっぱりこれくらい火を通さないとダメだろうと納得して粗熱を取り、一晩冷蔵庫で寝かしたのですが、翌日切ってみたら、まだネトネト過ぎて包丁でスムーズに切れません。ポールさんのオーブンではいいかもしれないけど、わが家のオーブンは、このレシピではダメみたい。次は生地を半分の量に減らして、一七〇度で二〇分~三〇分焼いて、中の方だけしっとりとなるようにしてみたいです。ガトーショコラ系は何が正解なのかがわからなくて難しい。でもそれって自分の中にイメージがないってこと? パンみたいな軽いパフパフのブラウニーじゃなくて、表面はカリッとして中がちょっとしっとりネットリどっしりしたブラウニーを作りたいのは確かなのだけど、果して、美味しいブラウニーとは!?


 


 

2012年4月6日金曜日

ヤング≒アダルト(2011年)

メイビスがラストシーンで食べるのはドーナツ。


 仕事の関係でTVドラマ「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」を見なければならない機会があり、参考のために、同じくディアブロ・コディが脚本を書いた映画『ジュノ/JUNO』も続けて見たら、すっかり彼女のファンになってしまいました!

 人生においてマイナスとしか思えない事柄も(多重人格症や未成年の妊娠)、意外とマイナスじゃない、もしかしてかえってプラスかも? と思えるような、彼女が描く「幸と不幸の境目がなくなる瞬間」が大好き。というわけで、ディアブロ・コディの新作が来たら映画館に見に行こうと待ちかまえていたところ、ジェイソン・ライトマン監督『ヤング≒アダルト』が封切られたので、さっそく日比谷のシャンテに行ってきました。

 楽しみに思うのと同時に、主人公が「もう若くない田舎出身の負け犬女」と聞いて、「もう若くない富山出身の負け犬女」としては「どれどれ(お手並み拝見)」という気分で見たのも本当のところです。


 


 若者向け小説のゴーストライターでミネアポリス在住、三十七歳のメイビス(シャーリーズ・セロン)が映画の主人公です。かつて人気だったシリーズ小説も打ち切りが決定し、浮かない気持ちで最終回を執筆する日々を送っていた彼女のもとに、元カレのバディ(パトリック・ウィルソン)から赤ちゃん誕生のメールが届きます。最終回の恋の結末の構想を練りつつ、パッとしないデートをした翌朝、運命の恋人を取り戻さなくてはならない気分になったメイビスは、故郷のマーキュリーへ! さっそくバディと再会し、彼にまだ自分への思いが残っていることを(勝手に)確信したメイビスは、元いじめられっ子のマット(パット・オズワルド)の制止をふりきって、バディの妻のバンド演奏会、赤ちゃんの命名式へ誘われるままに突進するのですが……というコメディです。




 都会に暮す業界人なんだけど、ニューヨークではなくミネアポリス住民。
 人気シリーズを手がける作家なんだけど、名前は表には出ないゴーストライター。
 オシャレでゴージャスな美女なんだけど、酔っ払って化粧をしたままベッドになだれ込むだらしない女。

 そんなメイビスに呆れるより共感できるところが多すぎて、大笑いしながら見ました。よほどきちんとしていて性格がよく上等な人間でない限り、彼女くらいの欺瞞と傲慢は誰にでも思い当たるところがあるのでは? 

 ダイエットコーラの2リットルペットボトルを常飲しつつも、アイスクリームやクッキー、ブラウニーなど甘いものを食べまくる、というのも私が日々やっていることと同じ! 女性の「甘いもの&ダイエット生活」を白日の下に晒してみると、メイビスに劣らないクレイジーな話はゴロゴロ転がっているはずです。甘いものひとつとっても、ディアブロ・コディの目の付けどころは面白く、彼女が描く「もう若くない田舎出身の負け犬女」は期待を裏切らない楽しさでした。





 欺瞞と傲慢にまみれたメイビスは、映画が終る頃には改心して何かを得る? 成長して故郷を去る? 予想とまったく違って、最後に待っていたのは、ちょっと震えるくらい感動的な結末でした。

 あのラストシーンのシャーリーズ・セロンが観客に与える勇気と力強さを何かにたとえるなら、今村昌平監督『豚と軍艦』のラストシーンでひとり横須賀から出て行く吉村実子のガッツに匹敵すると言いたいです。

 そして最後にシャーリーズ・セロンは今までと変わりなくココナッツフレークがふりかけられたドーナツを口にくわえたまま車を発進させます。何故しつこく最後までメイビスは甘いものを食べるのかというと、彼女は相変わらずだらしない女で、自分の欲望に正直な女で、だからこそ他人の欲望も認める女で、他人に同情するなんて失礼なことは絶対にしない女だからです。




 シャーリーズ・セロンのガッツに敬意を表し、人生初のドーナツを作ってみることにしました。

 しかし私が食べたことのある手作りドーナツというと、子どもの頃に母が作ってくれた、“余ったホットケーキミックスを丸めて揚げ、砂糖を入れた紙袋に入れて振る”という「穴のあいてないドーナツ」だけです。

 ドーナツが出てくる映画はたくさんあるのに、レシピはもとより、ドーナツはいつごろから食べられているのか、刑事がドーナツを食べる映画が多いのは起源となった作品があるのかなど、わからないことだらけ。

 そこでアメリカの料理について調べるときは必ず目を通すファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』をパラパラ見てみると、一八九六年版には三種類のドーナツのレシピが、一九一八年版には五種類のレシピが掲載されていました。少なくとも一九〇〇年頃には既に、ドーナツは定番のおやつだったことが想像できます。




 一九一八年版の五種類のドーナツは、Wheatless Doughnuts(ライ麦のドーナツ)、Raised Doughnuts(イーストを使ったドーナツ)、Doughnuts1(小麦粉と牛乳のドーナツ)、Doughnuts2(サワークリームとタルタルクリーム=酒石酸水素カリウムを使ったドーナツ)、Doughnuts3(ケーキのように黄身と白身を分けて泡立てたドーナツ)。

 初心者は最もシンプルなDoughnuts1に挑戦してみることにしました。オリジナルの量では多過ぎるので、その半量で試しましたが、初挑戦には初挑戦なりの試練が。オリジナルの量で作っていたら、とんでもないことになっていただろうとわかるのは後になってからでした。掲載されていたレシピは下記の通りです。

★『The Boston Cooking School』のドーナツ

【材料】
・砂糖 134g
・バター 30g
・卵 3個
・牛乳 240cc
・ベーキングパウダー 4ts
・シナモン 1/4ts
・挽いたナツメグ 1/4ts
・塩 1と1/2ts
・小麦粉 427g


【作り方】
バターを室温でやわらかくして1/2の砂糖を加える。ふんわりするまで卵をよくかき混ぜる。残りの砂糖を加え、先ほどのバターの混合物と混ぜる。3と1/2カップの小麦粉、ベーキングパウダー、塩、スパイスを混ぜてふるいにかける。生地を平らにのばせるくらい十分に小麦粉を加える。混ぜたものの1/3を、打ち粉をした板に打ちつけ、少しこね、軽くたたき、1/4インチ(約6mm)の厚さに引き伸ばす。ドーナツカッターで型を取り、たっぷりの油で揚げる。串で刺して引き上げ、キッチンペーパーで油を吸い取る。ドーナツカッターで型を取った余りを、残りの生地の1/2に加えて平らにのばし、形を作り、前と同じように揚げる。それを繰り返す。ドーナツは早く油の上の方にあがってこなければならず、片側が茶色になったら、同じ温度を保ったまま、茶色の側を上にひっくり返されなければならない。もし冷たすぎるなら、ドーナツは油を吸収するだろう。もし熱すぎたら、ドーナツは十分に火が通る前に茶色になるだろう。油で試してやり方を習得しよう。

ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』の一九一八年版より






 オリジナルの半量の材料を混ぜ合わせてみると、ケーキの生地くらいのゆるさだったので、まずはレシピ通り小麦粉を足しました。

 しかし、足しても足しても生地はドロドロのままで、いつのまにかけっこうな量の小麦粉を足していることに気付きます(量は不明! これをオリジナルの量で作っていたらと考えるとゾッとするほどの量)。

 このまま調子に乗って足していると、カチカチのドーナツを何日間にも渡って食べ続けることになると思い、意を決してゆるい生地のままドーナツカッターでくり抜き、慎重に油に投入してみました。揚がったのは、ミスタードーナツのオールドファッションのように固くてどっしりした、パンのようなドーナツ。どこまでゆるい生地に踏み止まれるかに、やわらかいドーナツへの鍵が隠されているのでしょうか? 

 そしてクリスピー・クリームのオリジナル・グレーズドのような、ふわふわドーナツを作るにはたぶんイーストを使わなくてはならないのでしょう。次にドーナツ映画を見たら、黄身と白身を分けて泡立てる生地にも挑戦してみたいです。





 メイビスの故郷である田舎町「マーキュリー」は架空の町だそうですが、彼女が住んでいるミネアポリスといえばプリンスの町、『パープル・レイン』の町です。

 伝説のライブハウス「ファースト・アベニュー」と巨大なショッピングモールがあり、大きな道路をバイクで走れば湖に到着します。

 すぐ隣には、スコット・フィッツジェラルドが生まれたセントポールがあり、『冬の夢』の舞台となったホワイトベアー湖も近いです。


  


 『パープル・レイン』やフィッツジェラルドの小説では、ちょっとさえないアメリカ中西部出身の男の子が、南部からやってきた情熱的な女の子と運命の恋に落ちますが、『ヤング≒アダルト』では、中西部にくすぶっているのは野心満々の中年女で、元カレがフィッツジェラルドの主人公のようにロマンティックにいつまでも自分のことを好きでいてくれると思ったら大間違いであることがよくわかります。

 しかし現代のミネアポリスの女は、ゼルダのように精神が崩壊することはなく、デイジーのように上流階級の夫の庇護のもとでしか生きられないこともなく、ジュディーのように醜く不幸になるのでもなく、もっとしぶといのでした。やっぱりディアブロ・コディの作品は新鮮でガッツがあって、描かれている事柄やイメージ以上のものを喚起するので面白いです。

これからも彼女について行きます!


 


2010年12月23日木曜日

ザ・デッド/「ダブリン市民」より(1987年)

真っ赤なジャムをかけて食べるブランマンジェ。


 アッという間に一年が経ち、またクリスマスがやってきてしまいました。クリスマスといえば、今年は柳瀬尚紀訳で読んだジェイムス・ジョイス著『ダブリナーズ』の「死せるものたち」のクリスマスが印象的でした。ジョイス作品は、英語や古典の知識が無いと読んでも意味ないかなあと敬遠していたのですが、『ダブリナーズ』なら理解しやすいと聞いて読んでみたのでした。十七歳で死んでしまった会ったこともない青年への哀悼が妻への愛に転じ、果てはすべての死者や生者にあまねく注がれる思いに広がっていく様子が、アイルランド全土に静かに降り頻る雪になぞらえて書かれてあり、雪にまみれて大きくなった私は胸がいっぱいになってしまいました。そんな「死せる人々」を映画化したのが、ジョン・ヒューストン監督『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』です。


 


 原作でも印象的だったアイルランド民謡「オーグリムの乙女」のシーンが映画でもとても印象的でした。暗い階段の途中でアンジェリカ・ヒューストンが足を止めて歌をじっと聴くだけという映像もいいのですが、「オーグリムの乙女」という歌が予想を遥かに超えた美しい歌だったので、映画によって本物を聴く機会を得られてよかったです。ちょっとだけ「シルバー・ベルズ」(作曲:ジェイ・リビングストン、レイ・エヴァンス)のサビに似ているので、最初はクリスマスソングが映画音楽のモチーフにされているのかなあと思って見ていたら、後にそれは「オーグリムの乙女」の旋律であることがわかりました。


 


 「オーグリムの乙女」と同様に、映画で本物が見られて嬉しかったのが、クリスマスパーティーの料理です。映画に登場するのはアップルソースなしのガチョウのローストや特大のプディング、レモネード、長いセロリの茎、真っ赤なジャムのかかったブランマンジェの塊で、原作より種類は少ないのですが、“生活は質素だけど食生活は高級にする主義の三人の女主人”のクリスマス料理をじっくり見ることができます。





 最初に印象的に登場する食べ物が、大きくて白いブランマンジェでした。ブランマンジェなんて子どもの頃は食べたことも聞いたこともなかったですが、私が知らないだけで、欧米ではかなり古くからある定番デザートのようです。南北戦争中の北軍側のアメリカが舞台のジョージ・キューカー監督『若草物語』でも、風邪をひいてひきこもっているローリーにジョー(キャサリン・ヘプバーン)が渡すみまいの品が、深めの器に入れられ、花びらで飾られたブランマンジェでした(原作では緑の葉っぱの冠とゼラニウムの花びらで飾られていた)。


 


 一方、南軍側の『風と共に去りぬ』でも、南北戦争後の飢えたスカーレットが思い出す、かつてのタラの食卓には、「ヴァニラ入りのブランマンジェ」が並んでいたし、最初の夫の死後にレット・バトラーが訪ねてくる場面で、ノックの音を聞いてスカーレットが考えることは「近所の人々がブランマンジェでも持って葬式の話をするためにきてくれたのだろう」ということでした。


 


 当時はどんなブランマンジェが食べられていたのでしょうか。『ザ・デッド』の舞台は一九〇四年のダブリンということで、一八六一年にイギリスで出版された『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』のブランマンジェのレシピを調べてみました。


★ビートン夫人のくず粉のブランマンジェ

【材料】 1tbs=約15cc
・くず粉 4tbs(山盛り)
・砂糖 適宜
・牛乳 750cc
・レモンの皮
・ヴァニラ(その他、香り付けできるもの)

【作り方】
(1)少量の冷たい牛乳で、滑らかになるまでくず粉を混ぜる
(2)残りの牛乳を沸騰させ、ヴァニラ、レモンの皮を加えて20分間煎じる
(3)(1)のくず粉に、(2)の牛乳を注いでかき混ぜ、シチュー用鍋に移す
(4)砂糖を加えて、2~3分間静かに沸騰させる
(5)型を冷たい水ですすぎ、(4)を注ぎ、固まるまで置いておく
(6)とろ火で煮込んだ果物、ジャム、冷たいカスタードソースなどと一緒に盛り付ける





 ブランマンジェ=アーモンドの風味、というわけではないんですね。この本にはもうひとつ、小麦粉でとろみを付けて、卵黄とバナナと牛乳とヴァニラで作るバナナブランマンジェというレシピも紹介されていました(!) ビートン夫人が使っている“くず粉”はあるイギリスの小説に登場する面白いアイテムなのですが、長くなるのでそれについてはまた別の機会に…ということで、私はゼラチンを使って作ってみました。そして、ついつい生クリームを入れて濃厚ブランマンジェにしちゃいました。アーモンドプードルとスライスアーモンドの両方で試してみましたが、よく言われるように、スライスアーモンドの方が香りが牛乳に移りやすいようです。でも安いアーモンドを使っているせいか、量が少ないせいか、修行が足りないせいか、なかなかいい香りにならなくて難しいです。


★ブランマンジェ

【材料】6人分
・牛乳 400cc
・生クリーム 100cc
・粉ゼラチン 8g(少しやわらかめ)
・砂糖 30g
・スライスアーモンド 90g
※ゼラチンを水でふやかしておくなどは商品ごとの説明を参照

【作り方】
(1)生クリームを五分立てにして冷蔵庫に入れておく
(2)牛乳に砂糖を入れて火にかけ、端に泡が出たら火を止めてスライスアーモンドを砕きながら入れる
(3)約10分間、沸騰させないようにして煮るか、フタをして蒸らすかして、アーモンドの香りを牛乳に移す
(4)(3)を漉してゼラチンを溶かす
(5)再度漉してボウルを氷水で冷やしながら混ぜる
(6)とろみがついたら生クリームを混ぜて型に入れて冷やす


 『ザ・デッド』の食べきれないほどのご馳走、静かに湧き起こる情欲、降り頻る雪、そして人々が語る死者たちの話からふと頭に浮かんだのは、実は『おくりびと』が原作と同じテーマで撮られていたなら、この『ザ・デッド』のような佇まいの映画になる可能性もあったのかもなあということです。そちらも見てみたい気もしますが、それだとあそこまでの大ヒットにはならなかったのかもしれないですね。