2012年10月14日日曜日

ゴッドファーザーPART1(1972年)

鑑賞後に食べたいミートボールスパゲッティ。


 なぜいまさら見ているのかというと、去年WOWOWで放送していたのをチラ見したらフルハイビジョンのデジタルリマスター版があまりに美しくて感激したからです。昔はアポロニアのオッパイが粗末すぎるだの、ソフィア・コッポラがブスすぎるだのなんだのかんだの言われたシリーズでしたが、そんなの今となってはオールオッケー。ニューヨークを舞台にしたマフィアのドラマは、現代日本で働く女性にとってもなかなか示唆に富んでいました。


 


 一九四五年のニューヨーク、スタテンアイランドのコルレオーネ屋敷で行われているコニー(タリア・シャイア)の豪勢な結婚式から映画は始まります。披露宴には結婚を祝う客と、コニーの父でマフィアのドンであるヴィト(マーロン・ブランド)に頼みごとをする客で溢れていました。コルレオーネ家を含むニューヨーク五大マフィアは休戦状態でしたが、ソロッツォ(アル・レッティエーリ)の麻薬売買の仕事をドンが断ったことで、ソロッツォの後ろにいるタッタリア・ファミリーとの敵対関係が再燃し、ドンが狙撃されます。喧嘩早い長男のソニー(ジェームズ・カーン)、気の弱い次男のフレド(ジョン・カザール)は頼りにならず、大学を中退して海軍に入り、堅気になると思われていた三男のマイケル(アル・パチーノ)がドンの命を救って、ソロッツォを殺し……という物語です。


 


 久々の鑑賞がニヤニヤするくらい楽しかった理由はデジタルリマスターの美しさだけでなく、ダナ・R・ガバッチア著『アメリカ食文化 ―味覚の境界線を越えて』(青土社)を読んでいたせいもあります。『ゴッドファーザー』シリーズに描かれる食は、まさにこの本で研究されているアメリカのエスニック・ニッチな食事とピタリと重なってました。タッタリア家の襲撃に戦々恐々としているときにもトマトソースを手作りしてパスタを食べるコルレオーネ家。一九二〇年代の若き日のヴィトが起業するオリーブオイル輸入会社。戦いの前にみんなで食べるデリバリーの中国料理。新鮮な果物や肉やパンの屋台が賑やかに並ぶコルレオーネ家の縄張り。クレメンザが殺しに出掛ける前に奥さんに買ってきてと頼まれる菓子「カノーリ」。




 ヴィトが身ひとつで渡ってきたアメリカでサバイブするためにマフィアとなったように、イタリア料理も、割り込む余地のないほど産業化されていたアメリカの食品業界で、イタリア移民がのし上がるための手段になったことがガバッチア先生の本を読むとわかります。一九二〇年代までは不衛生で低栄養で改善すべきものとされていたのが、恐慌と戦争の食料不足を経て推奨される食事へと変わり、大量生産されて「アメリカの食」となるイタリア料理。『ゴッドファーザー』の食事シーンに「美味しそう」以上の味わいがあるのは、ヴィトやマイケルの物語と重層的に響き合うもうひとつのアメリカの物語がそこにあるからです。そして料理だけでなく、女・音楽・街の物語もめくるめくように響きあっているところに、この映画の衰えない豊かさの理由があるような気がします。


 


 ドン・コルレオーネの周りは欲しがる人ばかり。ドンは彼らの望むものを与える代わりに、ここぞというときに容赦なく代償を求めます。ただし血を分けた家族だけは別。ギブ&テイクではなく、家族には欲しがるものをドンは惜しみなく与えていました。ところがマイケルだけはドンに何も求めず、反対にドンの命を守り、ドンのために殺人を犯します。息子としての愛情から行われたことが、コルレオーネ家においてはドンとの契約になり、マイケルも天啓のように自分の宿命に気付き、ドンの正統の後継者になっていくのです。 本当に欲しいものを手に入れるには「欲しがるだけじゃダメ!」 タナカカツキ先生のトン子ちゃんもそう言ってました。


 


 そんなコルレオーネ家の食事の中でもロッコ(トム・ロスキー)がレシピをマイケルに伝授しながら作るミートボール・ソーセージ・トマトソースには目が釘付けになります。ロッコが言うには、油を熱し、にんにくを揚げて、トマトにトマトペーストを入れて焦げ付かないようにかき混ぜる。ミートボールとソーセージを入れて隠し味に赤ワインと砂糖を少々……え!? 砂糖…!? さすがに砂糖は入れませんでしたが、このトマトとにんにくのみのレシピは、イタリアの家庭で長く広く読まれた料理書とされるペッレグリーノ・アルトゥージ著『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』(『料理の学と正しい食事法』、1871年初版)の“スーゴ”に近い感じでしょうか。


★ペッレグリーノ・アルトゥージのSugo di pomodoro

“スーゴ”と対照的な、“サルサ”と呼ばれる別のトマトソースについては後で説明する。スーゴはシンプルに、トマトピュレだけで作られなければならない。好みでセロリやパセリ、バジルの葉を刻んだものを加えてもいい。

ペッレグリーノ・アルトゥージ著『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』より


2012年10月3日水曜日

赤い殺意(1964年)

貞子が作っていたのはサバの味噌煮? 


 八月に再び、石巻出身の友人にくっついて宮城に行きました。ヘドロかき出しボランティアも含めて、震災後、四回めの宮城です。 仙石線の一部はまだ復旧していないので、途中で代行バスに乗って石巻まで行きました。立町、日和山、中瀬など石巻駅周辺しか歩けませんでしたが、半年前はカメラを向けることすら憚られた門脇に、何かを覆い隠すように背の高い草が生えていたのが印象的でした。


石巻のあちこちに石標が建てられていた。


 もちろん草の中には住宅の区割りの跡があり、各敷地には慰霊の花が手向けられ、草の向こうには堤防と見紛うほど高く長い瓦礫の山が続いていました。しかし、初めて訪れる人のなかにはここに町があったと思えない人もいるのでは…。震災直後ですら、酷いことがいっぱい起きた町の片付けられた跡だけを見て「あそこはたいしたことなかったんでしょ」と言ってしまう東北に無縁の人がいて唖然としましたが、この草を見ていると、まだ何も解決していないのに遠くにいる人との心の温度差ばかりが広がっていく予感がして少し恐ろしいような気持ちにもなりました。


石巻の「プロショップまるか」で地元の名物が食べられる!


 辺見庸が「仙台なにするものぞ」と言っていたバンカラな石巻高校生だったように、私の知っている石巻の人々もみなさん仙台は「近くにある大きな都市」というぐらいの関わりで、私も宮城には何度も行っているのに、仙台は通過するだけでした。ところが今年の夏は珍しく半日あまり、ひとりぼっちで仙台で時間をつぶさなくてはならないことに! 仕事では数年前に小鶴新田駅にある会社にお世話になって、社長に「伊達の牛たん」でランチをご馳走していただいたことがありますが、何の用もなくひとりで仙台を歩くのは本当に新入社員OLだった頃以来です。



 


 せっかくなのでまずはずっと気になっていた賣茶翁という和菓子屋を目指しました。みちのくせんべい、どら焼き……そして、あわよくば店内で夏期限定のかき氷を食べたいなあと店の玄関に辿り着いたら、よりによって定休日でショック! どうしようと思ったら、賣茶翁の目の前の市民会館の隣に心惹かれる蒸気機関車があります。仙台で蒸気機関車と言えば今村昌平監督『赤い殺意』ではないですか! せっかくなので映画の中の素晴らしいシーンが忘れられない広瀬橋にも足をのばしてみることにしました。





 『赤い殺意』の主人公の貞子(春川ますみ)は、夫の高橋吏一(西村晃)と息子の勝と暮らす主婦です。貞子は吏一の祖父の愛人の孫で、女中として働くために東京から仙台の高橋家へやってきたのですが、吏一に言い寄られて勝を産みました。格式高い旧家の高橋家に籍も入れられないまま、肩身の狭い日々を送っていた貞子は、吏一が出張中のある夜、強盗の平岡(露口茂)に犯されてしまいます。自殺しようと蒸気機関車に飛び込むものの死にきれず、出張から帰ってきた夫にも打ち明けられず、ズルズルと日常に戻りつつあった貞子の前に、再び平岡が現われ…という物語です。


一九六八年まで東北本線を走っていた。


 残酷な家父長制やレイプが出てくる陳腐でイヤな話を、素晴らしい映画にしているのが、主演の春川ますみ、雪、機関車、トンネルでした。最近は寒さが辛くて、冬より夏が好きになってしまいましたが、「雪っていいな」という気持ちをしみじみ思い出すくらいこの映画の雪は素晴らしいです。映画の『おくりびと』にはなくて、原作小説『納棺夫日記』にはあった雪。キューブリックの『シャイニング』やジェイムズ・ジョイスの『死せるものたち』と同じ雪。それは「雪=死」なのですが、今村昌平作品のヤケクソでガッツのあるヒロインに、そんな雪はとても似合う気がしました。よく見かける「女子力アップ映画」特集にこの『赤い殺意』が入ることは絶対にないと思いますが、本当はこういう映画こそ、見た後にちょっと女子力、女子の胆力(?)がアップするような気もします。


 


 そんな虐げられてる女の映画なんて気が滅入るわ…と思うかもしれませんが、演じる春川ますみが素晴らしすぎて、驚くほどにまったく滅入りません。酷い目に遭った後、線路に飛び込んで死のうとする春川ますみの丸っこい体にも、蒸気機関車をはじき飛ばしそうなバウンド力があります。自殺に失敗した後、言い訳のように息子の顔を見てから死のうと決心し、「死ななきゃ」と言いながら丼飯に味噌汁をブッかけてズルズルすする姿もすごいです。虐げられて死んでいるように生きているのに、蜜柑、煎餅…と食べまくる春川ますみ。同じ東北が舞台の『モダン道中 その恋待ったなし』は岡田茉莉子の着替えの多さに感動しましたが、この映画は春川ますみの食べっぷりに感動します。


広瀬橋、それと平行に走る東北本線の鉄道橋。


 いつまでも自分に会いに来る平岡に「もう会いに来ないでけろ」と金を渡した後、春川ますみは仙台駅から路面電車に乗って広瀬橋の真ん中にある駅で降りて家に帰ろうとします。しかしここで春川ますみは思い直して、反対側の停留場に渡り、再び電車に乗って平岡に会いに仙台に戻るのでした。彼女が心を翻した瞬間、天から激しく雪が降ってくるこのシーンが素晴らしくて大好き。映画の中では、春川ますみの心が変るにつれ季節も秋から冬へと移り、さらにドサドサと真っ白な雪が降ります。仙台の地にあまねく、降れども降れども尽きぬように積る雪。現在の仙台は昔ほど雪が降らないかもしれませんが、こんな映画を撮らせてしまう東北って本当に素晴らしい土地だなあと改めて思うのでした。応援のためにもみんなもっと東北へ旅に行ったらいいのになあ。


 


 春川ますみが事件のことを夫に告白できない緊迫感のなか、包丁でブツ切りにしていたのがサバです。沸騰した鍋に放り込んでいたので、味噌煮でも作るのでしょうか。宮城のサバと言えば石巻の金華山沖で獲れる「金華サバ」が有名ですが、残念ながら私は食べたことがないです。見かけたら購入して東北を応援したいと思います。三陸の魚はいまだに近所の食料品店であまり見かけません(秋鮭は見た)。石巻は特に大きな港にも小さな浜にも水産加工場がたくさんあったのが印象深いので、漁業や水産加工業が立ち直らないと宮城の復興はまだまだ先なのではないかという気がします。わが家のサバは千葉産のゴマサバ。味噌は仙台味噌。レシピは特別なものではなく実家にいた頃から母に教わって作っていたものです。


★サバの味噌煮

【材料】
だし 50ml
味噌 大さじ2
みりん 大さじ1
砂糖 大さじ1
日本酒 大さじ1
しょうが 1片

【作り方】
・サバを沸騰したお湯に入れてさっと火を通す。
・上記の比率の調味料で火を通したサバを味付ける。サバの量によって量は増減させる。

 私は甘辛いのが好きなので比率よりもちょっと砂糖を多くします。ショウガをすり下ろしていっぱい入れるのが好きです。ちなみに『赤い殺意』は渋谷ツタヤにもレンタルDVDがないですが(VHSのみ)、iTunesStoreでレンタルできます。ただしHD動画ではありません。