鑑賞後に食べたいミートボールスパゲッティ。 |
なぜいまさら見ているのかというと、去年WOWOWで放送していたのをチラ見したらフルハイビジョンのデジタルリマスター版があまりに美しくて感激したからです。昔はアポロニアのオッパイが粗末すぎるだの、ソフィア・コッポラがブスすぎるだのなんだのかんだの言われたシリーズでしたが、そんなの今となってはオールオッケー。ニューヨークを舞台にしたマフィアのドラマは、現代日本で働く女性にとってもなかなか示唆に富んでいました。
一九四五年のニューヨーク、スタテンアイランドのコルレオーネ屋敷で行われているコニー(タリア・シャイア)の豪勢な結婚式から映画は始まります。披露宴には結婚を祝う客と、コニーの父でマフィアのドンであるヴィト(マーロン・ブランド)に頼みごとをする客で溢れていました。コルレオーネ家を含むニューヨーク五大マフィアは休戦状態でしたが、ソロッツォ(アル・レッティエーリ)の麻薬売買の仕事をドンが断ったことで、ソロッツォの後ろにいるタッタリア・ファミリーとの敵対関係が再燃し、ドンが狙撃されます。喧嘩早い長男のソニー(ジェームズ・カーン)、気の弱い次男のフレド(ジョン・カザール)は頼りにならず、大学を中退して海軍に入り、堅気になると思われていた三男のマイケル(アル・パチーノ)がドンの命を救って、ソロッツォを殺し……という物語です。
久々の鑑賞がニヤニヤするくらい楽しかった理由はデジタルリマスターの美しさだけでなく、ダナ・R・ガバッチア著『アメリカ食文化 ―味覚の境界線を越えて』(青土社)を読んでいたせいもあります。『ゴッドファーザー』シリーズに描かれる食は、まさにこの本で研究されているアメリカのエスニック・ニッチな食事とピタリと重なってました。タッタリア家の襲撃に戦々恐々としているときにもトマトソースを手作りしてパスタを食べるコルレオーネ家。一九二〇年代の若き日のヴィトが起業するオリーブオイル輸入会社。戦いの前にみんなで食べるデリバリーの中国料理。新鮮な果物や肉やパンの屋台が賑やかに並ぶコルレオーネ家の縄張り。クレメンザが殺しに出掛ける前に奥さんに買ってきてと頼まれる菓子「カノーリ」。
ヴィトが身ひとつで渡ってきたアメリカでサバイブするためにマフィアとなったように、イタリア料理も、割り込む余地のないほど産業化されていたアメリカの食品業界で、イタリア移民がのし上がるための手段になったことがガバッチア先生の本を読むとわかります。一九二〇年代までは不衛生で低栄養で改善すべきものとされていたのが、恐慌と戦争の食料不足を経て推奨される食事へと変わり、大量生産されて「アメリカの食」となるイタリア料理。『ゴッドファーザー』の食事シーンに「美味しそう」以上の味わいがあるのは、ヴィトやマイケルの物語と重層的に響き合うもうひとつのアメリカの物語がそこにあるからです。そして料理だけでなく、女・音楽・街の物語もめくるめくように響きあっているところに、この映画の衰えない豊かさの理由があるような気がします。
ドン・コルレオーネの周りは欲しがる人ばかり。ドンは彼らの望むものを与える代わりに、ここぞというときに容赦なく代償を求めます。ただし血を分けた家族だけは別。ギブ&テイクではなく、家族には欲しがるものをドンは惜しみなく与えていました。ところがマイケルだけはドンに何も求めず、反対にドンの命を守り、ドンのために殺人を犯します。息子としての愛情から行われたことが、コルレオーネ家においてはドンとの契約になり、マイケルも天啓のように自分の宿命に気付き、ドンの正統の後継者になっていくのです。 本当に欲しいものを手に入れるには「欲しがるだけじゃダメ!」 タナカカツキ先生のトン子ちゃんもそう言ってました。
そんなコルレオーネ家の食事の中でもロッコ(トム・ロスキー)がレシピをマイケルに伝授しながら作るミートボール・ソーセージ・トマトソースには目が釘付けになります。ロッコが言うには、油を熱し、にんにくを揚げて、トマトにトマトペーストを入れて焦げ付かないようにかき混ぜる。ミートボールとソーセージを入れて隠し味に赤ワインと砂糖を少々……え!? 砂糖…!? さすがに砂糖は入れませんでしたが、このトマトとにんにくのみのレシピは、イタリアの家庭で長く広く読まれた料理書とされるペッレグリーノ・アルトゥージ著『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』(『料理の学と正しい食事法』、1871年初版)の“スーゴ”に近い感じでしょうか。
★ペッレグリーノ・アルトゥージのSugo di pomodoro
“スーゴ”と対照的な、“サルサ”と呼ばれる別のトマトソースについては後で説明する。スーゴはシンプルに、トマトピュレだけで作られなければならない。好みでセロリやパセリ、バジルの葉を刻んだものを加えてもいい。
ペッレグリーノ・アルトゥージ著『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』より