2012年4月6日金曜日

ヤング≒アダルト(2011年)

メイビスがラストシーンで食べるのはドーナツ。


 仕事の関係でTVドラマ「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」を見なければならない機会があり、参考のために、同じくディアブロ・コディが脚本を書いた映画『ジュノ/JUNO』も続けて見たら、すっかり彼女のファンになってしまいました!

 人生においてマイナスとしか思えない事柄も(多重人格症や未成年の妊娠)、意外とマイナスじゃない、もしかしてかえってプラスかも? と思えるような、彼女が描く「幸と不幸の境目がなくなる瞬間」が大好き。というわけで、ディアブロ・コディの新作が来たら映画館に見に行こうと待ちかまえていたところ、ジェイソン・ライトマン監督『ヤング≒アダルト』が封切られたので、さっそく日比谷のシャンテに行ってきました。

 楽しみに思うのと同時に、主人公が「もう若くない田舎出身の負け犬女」と聞いて、「もう若くない富山出身の負け犬女」としては「どれどれ(お手並み拝見)」という気分で見たのも本当のところです。


 


 若者向け小説のゴーストライターでミネアポリス在住、三十七歳のメイビス(シャーリーズ・セロン)が映画の主人公です。かつて人気だったシリーズ小説も打ち切りが決定し、浮かない気持ちで最終回を執筆する日々を送っていた彼女のもとに、元カレのバディ(パトリック・ウィルソン)から赤ちゃん誕生のメールが届きます。最終回の恋の結末の構想を練りつつ、パッとしないデートをした翌朝、運命の恋人を取り戻さなくてはならない気分になったメイビスは、故郷のマーキュリーへ! さっそくバディと再会し、彼にまだ自分への思いが残っていることを(勝手に)確信したメイビスは、元いじめられっ子のマット(パット・オズワルド)の制止をふりきって、バディの妻のバンド演奏会、赤ちゃんの命名式へ誘われるままに突進するのですが……というコメディです。




 都会に暮す業界人なんだけど、ニューヨークではなくミネアポリス住民。
 人気シリーズを手がける作家なんだけど、名前は表には出ないゴーストライター。
 オシャレでゴージャスな美女なんだけど、酔っ払って化粧をしたままベッドになだれ込むだらしない女。

 そんなメイビスに呆れるより共感できるところが多すぎて、大笑いしながら見ました。よほどきちんとしていて性格がよく上等な人間でない限り、彼女くらいの欺瞞と傲慢は誰にでも思い当たるところがあるのでは? 

 ダイエットコーラの2リットルペットボトルを常飲しつつも、アイスクリームやクッキー、ブラウニーなど甘いものを食べまくる、というのも私が日々やっていることと同じ! 女性の「甘いもの&ダイエット生活」を白日の下に晒してみると、メイビスに劣らないクレイジーな話はゴロゴロ転がっているはずです。甘いものひとつとっても、ディアブロ・コディの目の付けどころは面白く、彼女が描く「もう若くない田舎出身の負け犬女」は期待を裏切らない楽しさでした。





 欺瞞と傲慢にまみれたメイビスは、映画が終る頃には改心して何かを得る? 成長して故郷を去る? 予想とまったく違って、最後に待っていたのは、ちょっと震えるくらい感動的な結末でした。

 あのラストシーンのシャーリーズ・セロンが観客に与える勇気と力強さを何かにたとえるなら、今村昌平監督『豚と軍艦』のラストシーンでひとり横須賀から出て行く吉村実子のガッツに匹敵すると言いたいです。

 そして最後にシャーリーズ・セロンは今までと変わりなくココナッツフレークがふりかけられたドーナツを口にくわえたまま車を発進させます。何故しつこく最後までメイビスは甘いものを食べるのかというと、彼女は相変わらずだらしない女で、自分の欲望に正直な女で、だからこそ他人の欲望も認める女で、他人に同情するなんて失礼なことは絶対にしない女だからです。




 シャーリーズ・セロンのガッツに敬意を表し、人生初のドーナツを作ってみることにしました。

 しかし私が食べたことのある手作りドーナツというと、子どもの頃に母が作ってくれた、“余ったホットケーキミックスを丸めて揚げ、砂糖を入れた紙袋に入れて振る”という「穴のあいてないドーナツ」だけです。

 ドーナツが出てくる映画はたくさんあるのに、レシピはもとより、ドーナツはいつごろから食べられているのか、刑事がドーナツを食べる映画が多いのは起源となった作品があるのかなど、わからないことだらけ。

 そこでアメリカの料理について調べるときは必ず目を通すファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』をパラパラ見てみると、一八九六年版には三種類のドーナツのレシピが、一九一八年版には五種類のレシピが掲載されていました。少なくとも一九〇〇年頃には既に、ドーナツは定番のおやつだったことが想像できます。




 一九一八年版の五種類のドーナツは、Wheatless Doughnuts(ライ麦のドーナツ)、Raised Doughnuts(イーストを使ったドーナツ)、Doughnuts1(小麦粉と牛乳のドーナツ)、Doughnuts2(サワークリームとタルタルクリーム=酒石酸水素カリウムを使ったドーナツ)、Doughnuts3(ケーキのように黄身と白身を分けて泡立てたドーナツ)。

 初心者は最もシンプルなDoughnuts1に挑戦してみることにしました。オリジナルの量では多過ぎるので、その半量で試しましたが、初挑戦には初挑戦なりの試練が。オリジナルの量で作っていたら、とんでもないことになっていただろうとわかるのは後になってからでした。掲載されていたレシピは下記の通りです。

★『The Boston Cooking School』のドーナツ

【材料】
・砂糖 134g
・バター 30g
・卵 3個
・牛乳 240cc
・ベーキングパウダー 4ts
・シナモン 1/4ts
・挽いたナツメグ 1/4ts
・塩 1と1/2ts
・小麦粉 427g


【作り方】
バターを室温でやわらかくして1/2の砂糖を加える。ふんわりするまで卵をよくかき混ぜる。残りの砂糖を加え、先ほどのバターの混合物と混ぜる。3と1/2カップの小麦粉、ベーキングパウダー、塩、スパイスを混ぜてふるいにかける。生地を平らにのばせるくらい十分に小麦粉を加える。混ぜたものの1/3を、打ち粉をした板に打ちつけ、少しこね、軽くたたき、1/4インチ(約6mm)の厚さに引き伸ばす。ドーナツカッターで型を取り、たっぷりの油で揚げる。串で刺して引き上げ、キッチンペーパーで油を吸い取る。ドーナツカッターで型を取った余りを、残りの生地の1/2に加えて平らにのばし、形を作り、前と同じように揚げる。それを繰り返す。ドーナツは早く油の上の方にあがってこなければならず、片側が茶色になったら、同じ温度を保ったまま、茶色の側を上にひっくり返されなければならない。もし冷たすぎるなら、ドーナツは油を吸収するだろう。もし熱すぎたら、ドーナツは十分に火が通る前に茶色になるだろう。油で試してやり方を習得しよう。

ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』の一九一八年版より






 オリジナルの半量の材料を混ぜ合わせてみると、ケーキの生地くらいのゆるさだったので、まずはレシピ通り小麦粉を足しました。

 しかし、足しても足しても生地はドロドロのままで、いつのまにかけっこうな量の小麦粉を足していることに気付きます(量は不明! これをオリジナルの量で作っていたらと考えるとゾッとするほどの量)。

 このまま調子に乗って足していると、カチカチのドーナツを何日間にも渡って食べ続けることになると思い、意を決してゆるい生地のままドーナツカッターでくり抜き、慎重に油に投入してみました。揚がったのは、ミスタードーナツのオールドファッションのように固くてどっしりした、パンのようなドーナツ。どこまでゆるい生地に踏み止まれるかに、やわらかいドーナツへの鍵が隠されているのでしょうか? 

 そしてクリスピー・クリームのオリジナル・グレーズドのような、ふわふわドーナツを作るにはたぶんイーストを使わなくてはならないのでしょう。次にドーナツ映画を見たら、黄身と白身を分けて泡立てる生地にも挑戦してみたいです。





 メイビスの故郷である田舎町「マーキュリー」は架空の町だそうですが、彼女が住んでいるミネアポリスといえばプリンスの町、『パープル・レイン』の町です。

 伝説のライブハウス「ファースト・アベニュー」と巨大なショッピングモールがあり、大きな道路をバイクで走れば湖に到着します。

 すぐ隣には、スコット・フィッツジェラルドが生まれたセントポールがあり、『冬の夢』の舞台となったホワイトベアー湖も近いです。


  


 『パープル・レイン』やフィッツジェラルドの小説では、ちょっとさえないアメリカ中西部出身の男の子が、南部からやってきた情熱的な女の子と運命の恋に落ちますが、『ヤング≒アダルト』では、中西部にくすぶっているのは野心満々の中年女で、元カレがフィッツジェラルドの主人公のようにロマンティックにいつまでも自分のことを好きでいてくれると思ったら大間違いであることがよくわかります。

 しかし現代のミネアポリスの女は、ゼルダのように精神が崩壊することはなく、デイジーのように上流階級の夫の庇護のもとでしか生きられないこともなく、ジュディーのように醜く不幸になるのでもなく、もっとしぶといのでした。やっぱりディアブロ・コディの作品は新鮮でガッツがあって、描かれている事柄やイメージ以上のものを喚起するので面白いです。

これからも彼女について行きます!


 


2010年12月23日木曜日

ザ・デッド/「ダブリン市民」より(1987年)

真っ赤なジャムをかけて食べるブランマンジェ。


 アッという間に一年が経ち、またクリスマスがやってきてしまいました。クリスマスといえば、今年は柳瀬尚紀訳で読んだジェイムス・ジョイス著『ダブリナーズ』の「死せるものたち」のクリスマスが印象的でした。ジョイス作品は、英語や古典の知識が無いと読んでも意味ないかなあと敬遠していたのですが、『ダブリナーズ』なら理解しやすいと聞いて読んでみたのでした。十七歳で死んでしまった会ったこともない青年への哀悼が妻への愛に転じ、果てはすべての死者や生者にあまねく注がれる思いに広がっていく様子が、アイルランド全土に静かに降り頻る雪になぞらえて書かれてあり、雪にまみれて大きくなった私は胸がいっぱいになってしまいました。そんな「死せる人々」を映画化したのが、ジョン・ヒューストン監督『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』です。


 


 原作でも印象的だったアイルランド民謡「オーグリムの乙女」のシーンが映画でもとても印象的でした。暗い階段の途中でアンジェリカ・ヒューストンが足を止めて歌をじっと聴くだけという映像もいいのですが、「オーグリムの乙女」という歌が予想を遥かに超えた美しい歌だったので、映画によって本物を聴く機会を得られてよかったです。ちょっとだけ「シルバー・ベルズ」(作曲:ジェイ・リビングストン、レイ・エヴァンス)のサビに似ているので、最初はクリスマスソングが映画音楽のモチーフにされているのかなあと思って見ていたら、後にそれは「オーグリムの乙女」の旋律であることがわかりました。


 


 「オーグリムの乙女」と同様に、映画で本物が見られて嬉しかったのが、クリスマスパーティーの料理です。映画に登場するのはアップルソースなしのガチョウのローストや特大のプディング、レモネード、長いセロリの茎、真っ赤なジャムのかかったブランマンジェの塊で、原作より種類は少ないのですが、“生活は質素だけど食生活は高級にする主義の三人の女主人”のクリスマス料理をじっくり見ることができます。





 最初に印象的に登場する食べ物が、大きくて白いブランマンジェでした。ブランマンジェなんて子どもの頃は食べたことも聞いたこともなかったですが、私が知らないだけで、欧米ではかなり古くからある定番デザートのようです。南北戦争中の北軍側のアメリカが舞台のジョージ・キューカー監督『若草物語』でも、風邪をひいてひきこもっているローリーにジョー(キャサリン・ヘプバーン)が渡すみまいの品が、深めの器に入れられ、花びらで飾られたブランマンジェでした(原作では緑の葉っぱの冠とゼラニウムの花びらで飾られていた)。


 


 一方、南軍側の『風と共に去りぬ』でも、南北戦争後の飢えたスカーレットが思い出す、かつてのタラの食卓には、「ヴァニラ入りのブランマンジェ」が並んでいたし、最初の夫の死後にレット・バトラーが訪ねてくる場面で、ノックの音を聞いてスカーレットが考えることは「近所の人々がブランマンジェでも持って葬式の話をするためにきてくれたのだろう」ということでした。


 


 当時はどんなブランマンジェが食べられていたのでしょうか。『ザ・デッド』の舞台は一九〇四年のダブリンということで、一八六一年にイギリスで出版された『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』のブランマンジェのレシピを調べてみました。


★ビートン夫人のくず粉のブランマンジェ

【材料】 1tbs=約15cc
・くず粉 4tbs(山盛り)
・砂糖 適宜
・牛乳 750cc
・レモンの皮
・ヴァニラ(その他、香り付けできるもの)

【作り方】
(1)少量の冷たい牛乳で、滑らかになるまでくず粉を混ぜる
(2)残りの牛乳を沸騰させ、ヴァニラ、レモンの皮を加えて20分間煎じる
(3)(1)のくず粉に、(2)の牛乳を注いでかき混ぜ、シチュー用鍋に移す
(4)砂糖を加えて、2~3分間静かに沸騰させる
(5)型を冷たい水ですすぎ、(4)を注ぎ、固まるまで置いておく
(6)とろ火で煮込んだ果物、ジャム、冷たいカスタードソースなどと一緒に盛り付ける





 ブランマンジェ=アーモンドの風味、というわけではないんですね。この本にはもうひとつ、小麦粉でとろみを付けて、卵黄とバナナと牛乳とヴァニラで作るバナナブランマンジェというレシピも紹介されていました(!) ビートン夫人が使っている“くず粉”はあるイギリスの小説に登場する面白いアイテムなのですが、長くなるのでそれについてはまた別の機会に…ということで、私はゼラチンを使って作ってみました。そして、ついつい生クリームを入れて濃厚ブランマンジェにしちゃいました。アーモンドプードルとスライスアーモンドの両方で試してみましたが、よく言われるように、スライスアーモンドの方が香りが牛乳に移りやすいようです。でも安いアーモンドを使っているせいか、量が少ないせいか、修行が足りないせいか、なかなかいい香りにならなくて難しいです。


★ブランマンジェ

【材料】6人分
・牛乳 400cc
・生クリーム 100cc
・粉ゼラチン 8g(少しやわらかめ)
・砂糖 30g
・スライスアーモンド 90g
※ゼラチンを水でふやかしておくなどは商品ごとの説明を参照

【作り方】
(1)生クリームを五分立てにして冷蔵庫に入れておく
(2)牛乳に砂糖を入れて火にかけ、端に泡が出たら火を止めてスライスアーモンドを砕きながら入れる
(3)約10分間、沸騰させないようにして煮るか、フタをして蒸らすかして、アーモンドの香りを牛乳に移す
(4)(3)を漉してゼラチンを溶かす
(5)再度漉してボウルを氷水で冷やしながら混ぜる
(6)とろみがついたら生クリームを混ぜて型に入れて冷やす


 『ザ・デッド』の食べきれないほどのご馳走、静かに湧き起こる情欲、降り頻る雪、そして人々が語る死者たちの話からふと頭に浮かんだのは、実は『おくりびと』が原作と同じテーマで撮られていたなら、この『ザ・デッド』のような佇まいの映画になる可能性もあったのかもなあということです。そちらも見てみたい気もしますが、それだとあそこまでの大ヒットにはならなかったのかもしれないですね。


 


 

2010年9月10日金曜日

ライフ・アクアティック(2005年)

アンジェリカ・ヒューストンが焼いてくれる山食パン。


 ずっと暑かったですが、とうとう夏も終わりそうでさびしいです。

 この映画は海がいっぱい映るので、あまりに暑かった頃に、涼むために見ました。ウェス・アンダーソン監督の映画は物悲しくて好きなのですが、いつまでも大人になりきれない息子と父の話ばっかりなので、女性の私としては警戒しつつ突き放しつつ鑑賞してます。しかし、この映画は不覚にも大泣きしてしまいました。


 


 主人公のスティーヴ・ズィスー(ビル・マーレイ)は海洋探検家かつドキュメンタリー映画作家です。クラウス(ウィレム・デフォー)、妻のエレノア(アンジェリカ・ヒューストン)、ペレ(セウ・ジョルジ)、ウォロダルスキー(ノア・テイラー)らから成る“チーム・ズィスー”を率いてベラフォンテ号に乗り、世界中の海を冒険して作品を撮っています。しかしこの九年間はヒットがなく、盟友のエステバン(シーモア・カッセル)を失った冒険を記録した新作も、映画祭で不評でした。そこでスティーブは再起を賭け、エステバンを殺したジャガーザメに復讐する旅を計画します。その新しい旅に、「スティーヴの息子」と名乗るネッド(オーウェン・ウィルソン)、不倫相手の子どもを妊娠中の海洋雑誌記者のジェーン(ケイト・ブランシェット)も同行することになり……というコメディです。


 


 スティーヴのモデルはフランスの海洋学者、ジャック=イヴ・クストーなのだそうです。確かにクストーとルイ・マルが共同監督した『沈黙の世界』を見たら、クストーはスティーヴと同じボンボン付きの赤いニット帽を被っているし、映画に使われている字幕の書体も似てるし、船内でチェロを弾く乗組員がいるし、犬もしっかり出て来ました。しかし、ウェス・アンダーソンとノア・バームバックによる音声解説では、クストーの名前を言っていると思われる箇所はすべて「ピー」音が! 映画のエンドクレジットにはちゃんと「IN MEMORY OF JACQUES-YVES COUSTEAU ~」とあったのに。


 


 ウェス・アンダーソン監督作品おなじみの父と息子の話に重ねて、この映画で語られるのは“ニセモノ”の話です。ヤラセドキュメンタリー、クストーのパチモノ、ヘンリー・セリックのアニメによる架空の海洋生物、息子と名乗る怪しい青年、ポルトガル語でデヴィッド・ボウイを歌うブラジル人、不倫相手の子どもを妊娠中の女、三本足の犬、浮気しまくりの仮面夫婦などなど全編に“ニセモノ”たちが溢れ返ってます。

 そんなニセモノの人々が、正統や本物や真実ってことを超えて、思いがけなく強い絆を見せてくれるので、意表をつかれて大泣きしてしまいました。ウェス・アンダーソン映画でおなじみ、端が歪むくらい広角で撮られたスタイリッシュな映像、ポップな色調、マーク・マザーズボーのかっこいい音楽、かわいい美術で作られた精巧な細工のような世界も、他の作品以上に合っているように感じます。


 


 ウェス・アンダーソン映画は、男性キャラクターがいつもなんだか似てるように、女性もたいていアンジェリカ・ヒューストン演じる知的で強い「母」か、タバコをひっきりなしに吸う「チンピラ娘」が登場します。

 ジェーンを演じるケイト・ブランシェットは、この映画ではひっきりなしにガムを噛んでますが、妊婦でなかったらガムはタバコだったはずです。そして今回のアンジェリカ・ヒューストン演じるエレノアは、強いけれど、子どものいない母でした。

 ベラフォンテ号の船内で、エレノアはフライパンで山食パンをトーストして、牛乳を添え、父のない子を産もうとしているチンピラ娘のジェーンに食べさせます。チーム・ズィスーのみなさんはケーキを作ったり、カンパリを飲んだり、でかいロブスターを食べたり、モエ・エ・シャンドンのマグナムボトルを飲んだり、ベラフォンテ号の中は楽しい食べ物シーンがいっぱいありましたが、女性二人で“ある秘密”について話す、この山食パンシーンが一番好きでした。エレノアが、ジェーンのお腹の中の子どもに、この上なく優しく、生命のもととなる栄養を与えつつ、ある子どもを容赦なく残酷に殺す、というすごいシーンです。


 


 


 

2009年12月24日木曜日

ジュリー&ジュリア(2009年)

ブフ・ア・ラ・ブルギニヨン。

 料理を作って写真を撮ってブログに映画日記をつけているなんて、いかにもライムスター宇多丸さん言うところの「BSOL(ブスで淋しいОL)」のやることですよね…。そんなBSOLとしては、「料理ブログを書いている女性が主人公の映画」と聞くとそりゃ映画館に見に行かざるをえません。というわけでノーラ・エフロン監督最新作『ジュリー&ジュリア』を見てきました。日本でも二〇〇九年の秋は料理ブログを書く女性の話題がホットでした。あの事件はどうなったのでしょうか。


 


 前作のノーラ・エフロン作品『奥さまは魔女』はさんざん叩かれましたが、ウィル・フェレルのあまりにひどすぎる役とか、有名俳優の省エネ演技のネタとか、『失われた地平線』やアクターズ・スタジオ・インタビューのパロディとか好きでした。ノーラ・エフロン作品は女の大好物「パーティ」と「意地悪」が詰まってるので嫌いになれないです。ちなみに『奥さまは魔女』に引き続き、今回も配給はソニーピクチャーズ。前作はニコール・キッドマン邸の家電がソニー製でしたが、今作はエイミー・アダムスのノートパソコンがVAIOでした。


 


 映画の主人公はもうすぐ三十歳のジュリー(エイミー・アダムス)。彼女は夫のエリック(クリス・メッシーナ)とクイーンズ地区のボロいピザ屋の二階に暮らし、政府機関のクレーム処理係として働いてます。ストレスだらけの中途半端な日々に変化を求めていたジュリーは、ジュリア・チャイルドが書いた料理書『Mastering the Art of French Cooking』の全五二四品を一年間ですべて作ってレポートするブログを始めることを決意します。そんなジュリーの一年間と、一九四九年にパリに引越して一九六一年に『Mastering the Art of French Cooking』を出版するまでのジュリア・チャイルド(メリル・ストリープ)の約十年間が平行して描かれる映画です。




 この映画は、過去のエフロン作品と大きく異なる点がひとつありました。それはコメディアン出身の俳優が重要な役を演じていないということです! そのためか、おなじみの電話ギャグやセックスギャグも薄め? 差別ギャグにいたっては皆無?という内容になってました。
 唯一ネタを披露するコメディアンは、ビデオ映像で出演するダン・エイクロイドです。彼がジュリア・チャイルドの料理番組「The French Chef」を茶化して、サタデーナイトライブで演じたコントをジュリーがテレビで見る場面がありました。この映画で一番笑ったのはここです。ついでに大好きだった「ごっつええ感じ」の四万十川料理学校のキャシィ塚本も思い出してしまいました。


 


 また、冒頭でジュリーが女友達とサラダランチをともにするシーンにも笑いました。これはもう「セックス・アンド・ザ・シティ」に対する皮肉ではないでしょうか。ニューヨーク生まれビバリーヒルズ育ちのノーラ・エフロンは、「SATC」を見て「田舎者がバッカじゃねーの」とか思うんですかね!?


 


 映画には美味しそうな料理がもちろんたくさん出てきます。パンフレットにもル・コルドンブルーが紹介するブフ・ア・ラ・ブルギニヨン(牛肉の赤ワイン煮込み)、ノルマンディー風鶏のロースト、オマール・テルミドールのレシピが掲載されていました。中でも目立っていたブフ・ア・ラ・ブルギニヨンが気になり、ジュリア・チャイルド著『Mastering the Art of French Cooking』のオリジナル本も確認してみました。和訳本は発売されていないようなので参考用に一番下に大まかに紹介しておきます。ブフ・ア・ラ・ブルギニヨンはフランスの定番料理だけあって面白いエピソードがいろいろあるのですが、長くなるのでまた別の機会に。


 


 「人と人を結びつける食って素晴らしいよね」とか「ささやかな日々の幸せを肯定していこうよ」みたいな話になったら息苦しいわ~と思い、ノーラ・エフロンはどうやってこの映画を終わらせるのだろうとハラハラして見ていたら、「私自身は、なぜか料理がとてもクリエイティブだとは考えてない」とビシッと書いていたノーラ・エフロンだけあって、そんな安直な内容ではありませんでした。映画は原作通り、九十歳になったジュリアの冷たい言葉がジュリーへ伝えられて結末に向かいます。そのジュリアの言葉によって、料理で逃避していたジュリーは自分が自分の言葉で語り始めていることを自覚し、ジュリアのフォロワーから卒業するところが素晴らしかったです。一冊の本で始まった映画にふさわしく、一冊の本で終わる結末はとても素敵です。




 ノーラ・エフロン作品は音楽の選び方もいつも楽しいですが、この映画ではドリス・デイの「A bushel and a peck」という曲がとても可愛くて印象的でした。この明るい曲が、多幸感いっぱいの映画や音楽が量産される一方で赤狩りや冷戦が暗い影を落とした時代、一九五〇年にリリースされたのかと思うと不気味にも耳に響きます。ノーラ・エフロンの両親も一九五〇年代のハリウッドで活躍した脚本家、かつ特に赤狩りの標的にされたユダヤ人です。ちょっと調べただけでは、ヘンリー・エフロンとフィービー・エフロン夫妻と赤狩りの関わりについて具体的に書かれてある文章を見つけることはできませんでしたが、引き続き調べてみたいなあと思っています。


 


 


★『Mastering the Art of French Cooking』のブフ・ア・ラ・ブルギニヨン

【材料】
(1tbs=14.78ml 1ts=4.92ml)
・ベーコンの塊 170g
・オリーブオイルもしくは調理オイル 1tbs
・約5cmのサイコロ状に切った赤身のシチュー用の牛肉 1360g
・スライスした人参 1本
・スライスしたタマネギ 1個
・塩 1ts
・コショウ 1/4ts
・小麦粉 2tbs
・フルボディの若い赤ワインもしくはキャンティ 3カップ
・ビーフストックかビーフブイヨン 2~3カップ
・トマトペースト 1tbs
・クローブ 2個
・つぶしたニンニク
・タイム 1/2ts
・くだいたローリエ
・ゆがいたベーコンの皮
・小さな白いタマネギ 18~24個
・新鮮なマッシュルーム 450g

【作り方】
・ベーコンの皮を取って立方体(約6mmの厚さで約3.8cmの長さの棒状)
・切ったベーコンと皮1.5Lの水で10分間煮て、煮汁を捨てて乾かす
・オーブンを230℃に余熱しておく
・わずかに茶色になるまでベーコンを油で約2、3分炒める
・油が煙を出すまでキャセロールを温める
・牛肉を全面よく焼けるまで炒めてペーパータオルで水分を取る
・牛肉がまだ湿っぽい場合は再度しっかり焼く
・肉を炒めた油でスライスした人参、タマネギを炒め、油を捨てる
・牛肉とベーコンをキャセロールに戻して塩コショウで味付けする
・小麦粉をふりかけて牛肉を覆うようにかき混ぜる
・キャセロールのフタをしないで、余熱したオーブンで4分間焼く
・肉をかき混ぜて再度オーブンで4分間焼き、牛肉を軽い衣で覆われた状態にする
・キャセロールを出して、オーブンを160℃で余熱する
・牛肉がひたひたになるまでワインと、ストックもしくはブイヨンをかき混ぜながら入れる
・トマトペースト、ニンニク、ハーブ類、ベーコンの皮を入れて沸騰させる
・キャセロールのフタをして160℃に余熱しておいたオーブンで2.5~3時間焼く
・肉を焼いている間、小タマネギとマッシュルームを用意する
・バターと油を熱したフライパンに小タマネギを入れ、茶色になるまで中火で約10分間焼く
・スープストックかビーフブイヨン、辛口の白ワインか赤ワインを注ぎ、塩コショウ、ブーケガルニを入れて、小タマネギがやわらかくなるまで40~50分間煮る
・バターと油を熱したフライパンにマッシュルームを入れる
・フライパンを揺らしながら4~5分間炒める
・炒めている間、マッシュルームが油を吸収し、さらに2~3分間経つと表面に再び油が現れ、茶色になりはじめる
・マッシュルームがちょっと茶色くなったら、火から下ろす
・みじん切りのエシャロットとマッシュルームを混ぜ合わせ、2分間さらに中火で炒める
・牛肉にフォークが簡単に突き刺されるようになればオーブンから出す
・牛肉が焼けたらキャセロールの中身を漉して汁だけをソースパンに移す
・キャセロールを洗い、牛肉とベーコンを戻す
・用意しておいた小タマネギとマッシュルームを牛肉の上に散らす
・ソースから脂をすくって捨てる
・ソースを1~2分間煮て浮んだ脂をすくって捨て、約2.5カップになるまで煮詰める
・濃過ぎる場合は2~3tbsのストックかブイヨンを混ぜる
・ソースを肉と野菜にかけまわして盛り付ける
・パセリのみじん切りをふりかける

2009年6月7日日曜日

ショーガール(1995年)

自分ではもう買わないぞ! クリスタル。 


 ロシア語を学んでいる友人の誕生日に悪ノリし、お祝いのために、アレクサンドル2世が作らせたというクリスタルを買いました。確かに美味しかったのですが、私ごときがシャンパンを飲んでも、そりゃ何だって美味しく嬉しいので、こんな贅沢品もう二度と自分では買わないでしょう。
 ルイ・ロデレール社のシャンパン、クリスタルが出てくる映画については、複数ある映画とワインについての本の中でも『映画の中のワインで乾杯!』(東急エージェンシー出版部)が最もマニアックに、たくさん紹介しています。しかし見事に『ワーキングガール』『アイラブトラブル』『ファーストワイフクラブ』『フォールームス』など、ろくでもない映画の成金アイテムとして登場してばかり…。そんなバブリーな存在の悲しさも気になって一度飲んでみたかったのでした。





 クリスタルを作らせたのがロシア皇帝のアレクサンドル2世という話は面白いのですが、なんだか出典も詳細もよくわかりません。暗殺防止のために瓶を透明にしたとか底を平らにさせたとか伝える人もいれば、他のシャンパンと区別できるように瓶を透明にさせたという話もあり……。『死ぬまでに飲みたい30本のシャンパン』(講談社)によればルイ・ロデレール本社のホールにアレクサンドル2世の銅像が飾ってあるのは確かみたいです。





 エドワード・ラジンスキーの『アレクサンドル2世暗殺』(日本放送出版協会)を読んでも、クリスタルの話は出てきやしませんでした。でも「そりゃ瓶も透明に底も平らにしたくなるわ」という時代背景はよくわかります。


 


 クリスタルが登場する映画のひとつ、ポール・バーホーベン監督『ショーガール』もろくでもない一本なのですが、女の子の根性と友情の描きぶりが少女漫画のようで何度見ても燃えます。立派なダンサーになりたいストリッパーのノエミ(エリザベス・バークレー)と、ラスベガスのヌードショーのトップダンサーのクリスタル(ジーナ・ガーション)が、トップの座を争って熾烈な戦いを繰り広げるという話で、下品でばかばかしくてどうしようもないのに、まったく憎めない楽しい映画です。


 


 ジーナ・ガーションとエリザベス・バークレーがクリスタルを飲むのは、ラスベガスのスパーゴという店です。背景が書割みたいで変だなあと気になったので調べてみたところ、スパーゴはショッピングモール内にある店だそうで、青空は本当に書割(モールの壁)でした。スパーゴはアカデミー賞公式シェフのウォルフギャング・パックが経営する有名店だそうです。




 そのスパーゴで、体型に気を配らなければならないヌードダンサーの女子二人が「玄米と野菜の食事なんて犬のエサ以下」と火花を散らしつつ意気投合するところが痛快です。さらに二人は過去の貧乏生活時代に犬のエサを食べたこと、中でもドギーチャウが好きだったことを告白し、ますます意気投合した後に、ゴージャスなクリスタルを飲むのです。犬のエサからクリスタルへなだれ込むハデさ・下品さがたまりません。まさに姫川亜弓の前で北島マヤが泥まんじゅうを食べる場面のようなケレン味!?(ちょっと違う?)